もうタイトル考えるのもめんどうなくらいに何もかもがめんどうになってきています。どうもお久しぶりです。引っ越しをしました。ここでは前々から言ってましたけど。市内です。電車に乗って数駅越せばすぐ前の家に着きます。さよなら団地的な意味合いをこめて写真いっぱい撮って置きました。良い感じのがあったら後々フォトライフにうpする予定。ウェブサイトのデザイン的にはフォトライフよりもフォトログの方が好きなのですがフォトログflashが重いのとコメントつけにくいのが億劫で結局フォトライフに安住しています。一応フォトログの方もアカウントはとってあるけどね。あとフォトライフは星つけられるのが良いんだよなー。そんな感じです。

引っ越しの前日当日辺りはまだ名残惜しい気持ちが残ってて、団地の駐車場や花壇や自転車置場や廊下を見てたら幼い時の空気の味がぶあっと喉の辺りに下って行った。よくよく思えば、私は自分にまつわるいろいろな過去を匂いで記憶している。土の匂い、ランドセルの中の匂い、廊下、草木、部屋に敷いてあった畳、フェンス、靴、傘立て、定期入れの匂い。でも匂いっていうのは記憶を呼び覚ますスイッチであるようば気もするから結局私は匂いで記憶していることにはならないのか。どうなんだろう、数人に尋ねたら結構共感してくれたので割と普通か。
何にしろ、春ですね。そのせいかわかりませんが肌の荒れ具合が半端ないです。唇が砂漠です。どうしてくれるこの仕打ち。

前の家のすぐ近くに図書館があるので必然的にあっち行くことになるんだよな。
それに気づいたからもう郷愁とか感じないかもしれない。わかんないけど。

詩が書きたくて(というかもはや時期的に義務)モチベーション挙げるために黒田喜夫の現代詩文庫を読んだりサティの詩集を読み直したりしている。
今まで手を付けていなかった領域だったのだけれど、良いかもしれない。戦後詩。